検索商売

探すのも簡単じゃないよ、でも探すだけじゃ商売にならないよ

ガチャ問題一考

 一考と言うほどでもなく、既に答えが出ていると思う。

 別に親だけではなく、全てガチャの要素があるわけで、それを冷静に受け止めるというか、当然として認識するべきなのだが、必要以上に感情的になっている気がする。

(結論的には左傾するから良くない)

 

 さて、すでに過去に以下のポストをしている。

orechan.hatenablog.com

orechan.hatenablog.com

 

 時が経つのは速い、最初の方は5年前だよw

 

 まぁ、そういうことで、俺ちゃンは自分の結論をすでに書いている。

 遺伝と環境、両方重要なわけだが、最近巷間を騒がせているのは後者で、特に親の経済状況だ。 少なからず、人の(親の)所為にしたいのだろう、と感じられる。 確かに、親の経済状況が子供の学力に大きな影響を及ぼすわけだが、その土台である本人の学問的適性がどうなのか、それが議論されていない。 というか、ガチャ要素として認識または理解されていないように思う。 「汝自身を知れ」だよなぁ。

 「一般に、知能の7〜8割は親からの遺伝で決まる」という調査結果があり、親の知能レベルが本人の才能レベルに影響する。 これが重要で、要するに、お金だけあっても意味がない。 その教育効果が実を結ぶだけの、十分な才能を持った子供でなければ、優秀に育つことはないのだ。

 親の経済状況を嘆くのは簡単だが、振り返って、お前のお味噌レベルはどう?というのを問われたとして、どのような回答が返ってくるのか? それは関係ないというのか?

 

 いつも通りだが、俺ちゃンは、ここで、あえて嫌われる、根性論的自己責任の話を持ち出す。

 上記した通り「一般に、知能の7〜8割は親からの遺伝で決まる」ということは、逆に言えば、知能というか、成績の2〜3割は自分の努力の余地があるということだ。

 否、その余地はもっとあると俺ちゃンは思う。

 たとえ経済状況に恵まれていなくても、そして親から受け継いだ資質が高くなくても、努力してポテンシャルを引き出すことはできるのだ。

 だから、まずは現状できる限り努力して、トータルのパフォーマンスを向上させれば良いではないか。 玉磨かざれば光なし、と云われている通りだ。 練習、学習、トレーニングなくして向上はありえない。 初めからナンでもできる奴はいないのだから、びびることはない。

 木村政彦師範は三倍努力という言葉を遺されている。 カス・ダマトは「積み重ねたトレーニングがお前をピンチから救ってくれる」と語っている。 サッカーのトルシエ監督も岡田監督も同じことを言っている。 Aクラスの選手でも、全力を出さなければNGで、Bクラスの良い選手を選ぶ、とトルシエ監督は代表選手に向かって言った。 岡田監督は「ファイトしろ」と選手に申し渡した。

 このような教えは枚挙にいとまがない。

 また、日本はインドのような、あからさまなカーストがあるわけではない。 事実上、そういうヒエラルキーはあるし、階層上昇を認めようとしない圧力があるのも事実だが、尊属殺人が正当化されるような世の中ではない。 努力して技能を身につけ、それを活かした仕事につくことができるのだ。 素晴らしいことではないか。

 俺ちゃンは、安全なところから、上から目線でキツいことを言っているのだろう、と思う。 しかし、ファイトする余地が自分にあり、その結果が認められる世の中なのだから、ガチャの所為にせず、謙虚に努力しろよ、と思うのである。